にしこの人生

私が休学した理由

にしこ
にしこ
コンニチハ、西島にしこです

今回は、「私が大学を1年間休学した理由」について書きマッチョー!

私は、福岡女子大学に通う22歳(2019年3月現在)です。

1年間休学して、フィリピンとアメリカに行ってきました

今年度は1年間大学を休学して、フィリピンで海外インターンシップ、アメリカで2ヶ月間ホームステイ+英語の勉強をしていました。

フィリピンで一緒に働いていたフィリピン人スタッフとの1枚

そこで起きた私自身の変化について、記録を残しておきたいなあと思っているのですが、、

1つの記事じゃ書ききれないので、少しづつ、1記事ずつ書いていくことにしました。

今回は「そもそもなぜ、休学したのか」について書きたいと思います。

なぜ休学したのか

なぜ休学したのか、結論から言うと、「アメリカに憧れて、この国で生活してみたいな」と思ったからです。

大学卒業後はみんな忙しそうで、「卒業したら、多分行く時間取りづらいんだろうな」と漠然と思っていたので、大学生のうちに休学して行くことにしました。

休学をする時期については、「3年生で休学してアメリカに行こうかなあ」とも思ったのですが、単位を全部取り終わったあと4年時を休学して行くことにしました。だって、「帰ってきたときにまた1年間こっちで授業うけるのヤダなあ」と思ったからw

うさこ
うさこ
うーん、なんでアメリカ?

時はさかのぼること2年半前・・・

大学2年生の秋、アメリカのドラマ「Glee」(アメリカの高校生のミュージカルドラマ)にハマりました。(全部で90時間ぐらいありますw)

アメリカのドラマGlee
ベビーにしこ
ベビーにしこ
きっかけは?

大学の友だちがGleeに超~~~ハマってて、

ある日その子が、朝までGleeを見て一睡もせず学校に来たスッピンの顔で「本当ーに感動するけん見て、まじで泣く」と訴えかけてきたので、

私は動画配信サービス「Hulu」をダウンロードして、Gleeを見始めました。

、、、、、、、ハマりました、、、、

その友だちと同じように、朝までGleeを見て一睡もせずにスッピンで学校に行くこともありました。

彼らが描く「家族愛」「恋人との愛」「家族の死」「親子の絆」「友情」「いじめ」「自らのアイデンティティ」に、何度も泣きました。

私はポンコツなのがコンプレックスだったので、ポンコツ役の「ブリトニー」が自分らしくあり続ける姿に、何度も勇気をもらいました。

大学生活で夢中になるものがなかった

私は大学2年の夏ぐらいまで、「大学生活、なんか物足りないなあ」と思っていました。

高校生までは勉強とか部活とか体育祭とか、いろいろ頑張るものがあって、充実した生活が用意されていました。

起きて朝7時半に授業が始まって授業終わったら部活行って帰って予習して寝て起きて授業行って、、という高校生活は、みんな当たり前にこなしていたけど、過酷なものだったと思います。

なのに大学生になった瞬間、めっちゃ自由になりました。どう過ごしたらいいのか分からなくなりました。

留学に関して言うと、高校生のときは「大学いったら留学しよう!」と思って大学選びをしたのに、

大学1年のときに実際イギリスへ短期留学に行ったら、寒いし、英語の授業がけっこうクソだったので「え、やっぱ留学は違うわ、、、」と思い、予定が狂いました。

留学以外はというと、テニスサークルに入って、テニスはたまに練習して、飲み会も普通に行って、バイトも頑張ったりしたし、本を読むようになったし、まあ普通に勉強もした。

そんなこんなで、大学生活で何もしていなかったわけではないけど、なんか心に穴が開いたような感じで、大学生活の1/4を過ごしました。

オカンの「やりたいことないと?」という言葉

大学2年のある日、オカンにリビングで、

「あんた、このまま4年間過ぎていっていいと?せっかく大学生活4年間あるのに、夢中になれるものがないまま、なんとなく過ごしていいと?やりたいことないと?」と言われ、

「やりたいことWhat、、、、、?」と思いました。

「私、塾に行かせてもらって、大学の受験料を払ってもらって、入学金も払ってもらって、大学に通えているのに、なんだこのよく分からない大学生活は、、?ごめんね」と思いました。すごく思いました。

サークルのみんなみたいにテニスに燃えていなかったし、学校の友だちみたいに「交換留学に行きたい」とは思っていなかったし、バイトを頑張ってる友だちを見ては「バイトなんて大っ嫌い、バイト毎日できてすんごいな」と思っていました。

「私には何もないな」と思いました。

「私、何をすればいいのか分からない」といつもの居酒屋で友だちに相談した日(一番奥がにしこ)

アメリカ留学することにした

そんなこんなで、大学生活で夢中になるものがなかった私ですが、Gleeというドラマを見て、

とにかく「ああ、この国(アメリカ)に行ってみたい」「この国で生活してみたい」「どんな人たちがいるのかな」って思いました。

それで、大学が提携している姉妹校への交換留学を検討しましたが、「成績が足りなくて、どうしても無理」だったので、自分で語学学校を探してアメリカへ語学留学することにしました。そのためには、大学を休学しなければいけませんでした。

語学留学と交換留学の違いについては、「英語「を」学ぶ、語学留学に価値はあるのか?」をご覧ください。

そもそも、「休学のきっかけ、ドラマかよw」

って思う人もいるかもですが、別に理由はなんでもいいんだと思います。人それぞれだから、何がきっかけであっても、堂々とそのまま話していいと思っています。

アメリカ留学の準備を始めた

ということで、「4年生で休学してアメリカに行こう」と決めてからは、せっかくアメリカに行くまで1年間も時間があるので、準備をすることにしました。

いろんな学校のパンフレットを集めて、留学代理店に何度も足を運びました。

これの約4倍の量のパンフレットが集まりました

英語の勉強も始めました。3年生の5月に初めてTOEICを受けて、そのときは585点でした。

サークルにはあまり行かなくなりました、、ごめんなさい、準備してたから許して、、、、

「いきなりアメリカ行っても英語できないだろうな、フィリピンいこ」

アメリカ留学の準備と同時に、フィリピン留学の申し込みもしました。

うさこ
うさこ
うーん、なんでフィリピン?

大学1年生のときに、大学の図書館で、

英語はアジアで学べばうまくいく!」という本を読んだことがありました。

「まず英語初心者はフィリピン留学に行け、そのあと行きたい国に留学に行け」と書かれた本で、「あ、フィリピン留学いいな」と思いました。

それをずっと覚えていたのと、友だちがフィリピン留学に行っていて英語力が上がっていたみたいだったので(徹夜でGleeを見て、スッピンで学校に来て私にGleeを勧めてきた友だちです)、

「よし、3年の夏はまずフィリピン留学しよう」と決めました。

フィリピンの「サウスピーク 」に留学

ネットで調べていると、「サウスピーク」というフィリピンの語学学校を見つけました。

サウスピークのWebサイトを、歩きスマホをしながら、片っ端から読みました。

うさこ
うさこ
歩きスマホ、やめろや

そんなこんなでネットで調べまくって、「この学校は自分に合いそうだな」と確信したので、サウスピークに留学しました。

生徒はみんな真剣に勉強をしていて、私はめちゃくちゃ英語力が伸びました。「絶対またここに来たいな」と、そのとき思いました。

サウスピークにて、フィリピン人講師たちとの1枚。卒業生は青いガウンを着ます

585点だったTOEICは、6週間のサウスピークへの留学と、帰国後2ヶ月の継続的な勉強で、805点まで上がりました。

吟味に吟味を重ねて、アメリカ留学をする学校を決めた

フィリピン留学から帰ってきてからは、英語の勉強を続けつつ、先輩から紹介してもらった留学代理店に何度も足を運んで、

留学先のいろんな地域、いろんな学校のいろんなコースを比較しました。

たくさん比較して、やっと地域と学校が決まりました。

カリフォルニア州サンディエゴの「Converse(コンバース)」という学校にしました。

参考:アメリカの語学学校「Converse」について

めちゃくちゃ悩んで、一緒に根気強く悩んでくれた留学代理店の方には「やっと決まったね!ホッ」と言われました。

無事に、航空券の予約も完了しました。

ある日サウスピークから「インターン生募集」のメールが届いた

アメリカ留学が決まって航空券を手配し終わったころ、夏休みに留学していたサウスピークから「インターン生を募集します」というメールが来ました。

※インターンとは・・・就業体験のことです。学生でもこの制度を使えば働くことができます。

内容を見ると、「サウスピークの宣伝記事を書く」みたいなことが書いてありました。

そのとき私は、文章を書く仕事をしてみたかったことを思い出しました。

うさこ
うさこ
忘れとったんかいw

だって自分には無理だと思っていたし、「ライター なり方」とか調べてみたけどしっくりくる答えは出てこなくて(調べ方下手い)、そういう仕事の探し方も分からなかったし、諦めていたから、忘れていたのです、、

「もしここでインターンをすれば、書く仕事ができる+それをプロの編集者に添削してもらえる。

しかも、絶対にまた来たいと思っていたサウスピークで、自分がやりたいことができる」

と思い、行く気満々になりました。

その募集を受け取った日は、また朝まで「サウスピーク インターン」って検索して、実際にサウスピークでインターンをしていた人のインターン体験談とかを読み漁りました。

うさこ
うさこ
徹夜好きかよw

オカンの「やりたいこと、あったやん」と言う言葉

「フィリピンで、ライターの仕事をしたい」と、いつものようにリビングでオカンに話すと、

「やりたいこと、あったやん」

と言われました。

そのとき私は「やりたいことを、忘れていたんだな」と思いました。

「‘’やりたいこと‘’というのは、本当は誰にでもあるのに、勝手に諦めたり心にしまっていたりするせいで、”やりたいことがない”って思ってしまうのかな」と、思いました。

アメリカに行きたくて休学を決めたのに、フィリピンに行くことになったw

そんなこんなで、フィリピンでインターンシップをできるようになって、

あれだけ行きたかったアメリカ留学は、留学代理店の人に頼んで延期をすることにしました。

ベビーにしこ
ベビーにしこ
ばりワガママw

そして半年間フィリピンで、海外インターンシップをしました。

私は、アメリカに行きたくて休学を決めたのに、フィリピンに行くことになったのですw

でも、アメリカ留学をしようと思わなかったらフィリピン留学には行っていなかったし、フィリピン留学に行っていなかったらフィリピンで働くこともなかったです。そして、フィリピンで働いたことは、私の人生に大きく影響を与えてくれました。

だから「アメリカ留学に行きたい」と思わせてくれたアメリカンドラマ「Glee」と、徹夜でGleeを見てスッピンでGleeを勧めてくれた友だちには、本当に感謝です。

あとインターンが終わってから、当初の目的であったアメリカ留学も行けたので、よかったです。

まとめ

長くなりましたが、まとめると、

①アメリカのドラマにハマって、アメリカに住んでみたくなって、休学を決めた

②でも結局、休学のうちの半年間はフィリピンに行ったw

③休学して、フィリピンとアメリカに行けてよかった(次回以降詳しく書く)

ということで次回は、フィリピンで働く中で起こった変化について書こうと思います。

性格は変わってないけど、いろんなことが変わりました。

その変化を、次回から1つずつ、書いていきます。

読んでくれてありがとうナリ!!!

にしこ
にしこ
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(22)福岡女子大学4年生。大学を1年間休学して、フィリピンで半年間インターンシップ→アメリカで2ヶ月間ホームステイしてきました。このブログでは英語・留学・福岡・輝く若者について、主に書いています。